下田市民文化会館

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下田市民文化会館名誉館長 山田和樹 下田物語

 

第1章

『下田では”嵐を呼ぶ男”と呼ばれている私。なぜか下田を訪れると毎回ハプニングが多発するのです。初めて下田を訪れたのは19歳の時、1998 年の8月末でした。ちょうど台風が来てしまい、下田から脱出できなくなってしまいました。下田の方は、何とか僕を東京に送り返そうと奔走してく れました。中には「船を出すか!」という人まで。最終的に、文化会館職員の浜崎さんが、最悪な 天候の中、三島まで車で送ってくださいました。大感謝。その時、浜崎さんと食べたランチのお寿 司の味と、三島駅の新幹線ホームから見た青空の光景は一生忘れないでしょう。以来18 年、下田の方々の心の温かさに助けられっぱなしになってきました。』

 

第 2 章

『1999 年 1 月 31 日。下田史上初のベートーヴェン「第九」上演の日。まさに悲願の演奏会だった。 何度も何度も断られながら、それでも諦めずに、プロのオーケストラとの共演に漕ぎ着けることが出来た。オーケストラは新日本フィル。新日本フィル側が単に”仕事”割り切らず、下田の人々の熱い想いを受け止められる指揮者として松尾葉子先生の名前を挙げたことから物語が始まった。多 忙を極める松尾先生をサポートすべく、僕が練習指揮者として関わることになった。先生から「第九を勉強しておくように」と言われたのは公演の一年以上も前のこと。大学1 年生だった僕は当然のことながら「第九」に触れるのは初めて。ドイツ語に全部カナをふるうような状態だった。三澤洋史先生の「第九」のリハーサルなどを見学させていただきながら準備をした。そして下田に通うこと 数回、思えばとても指導といえるようなものではなかったはずなのに、市民公募の合唱団は必死に食らいついてきくれた。楽譜も読めない人も多かったように思う。上手いとか下手とかいう問題ではなく、歌うことの楽しさの根本を体現する時間。いつも笑顔が溢れていた。僕は下田の人たちのことが本当に好きになった。そして本番、いてもたってもいられず、合唱の一員として歌うことにした。全てが初めてづくしの「第九」公演は、最初から最後まで一瞬一瞬に感動が走っていた。世紀末に下田に初めて鳴り響いた「第九」の音楽。ここから 18 年にわたるお付き合いが始まることになった。』

下田市民文化会館

〒415-0024

静岡県下田市四丁目1-2

☎0558-23-5151 FAX 0558-23-5311